傀儡の恋
97
どうやら、すでにキラはここについていたらしい。
ホールの方から響いてくる声にラウは小さなため息をつく。同時に腰のホルターから銃を抜いた。
「あの子に生身の人間を撃つことは不可能だからね」
そう言いながらゆっくりと二人の方へと歩み寄っていく。
「人が己の才能を生かさずに間違った道へ進むのは、世界の損失だとは思わないのかね?」
良く通る声が空気を震わせる。
「思いません」
即座にキラが言い返した。
「自分が進むべき道は自分で決めます。それで失敗したとしても、悔いはない。それまでの過程で手に入れられるものも多いから」
何よりも、と彼は言葉を重ねる。
「自分のことは自分で決める! 誰かに作られたレールを走るだけなんて、そんなのは行きながら死んでいるようなものだ!」
その叫びに多くの者達が賛同するだろう。
自分だってそうだ。
あの頃の自分にまだ時間が残されていたのならば、きっと別の道を歩いたに決まっている。
それができなかったのがあの頃の自分だ。
他人から見れば今も変わらないのかもしれない。
だが、今の自分は望んでキラのそばにいる。そして彼を守りために戦っているのだ。
だから、と心の中でつぶやくと足を踏み出す。
「確かに。他人から与えられた──いや、押しつけられたものに勝ちはないね」
銃口をまっすぐにデュランダルへと向けながらラウは言葉を綴る。
「自分で決めたことならば失敗してもなんの悔いもない。キラの意見に私も賛成だね」
そう言ってラウは笑う。
「その時その時で考え方が変わっていくものだ。今は君に従っている者達も、明日もそうだとは限らないようにね」
さらにそう続ける。
「その顔でそんなセリフを言うとは……」
「だから『人の気持ちは変わるものだよ』と言っているだろう? 顔が同じだからと言って考え方まで同じではないよ」
「……そうかもしれないね。だが、その時間がないものはどうするのかな?」
やはり根本はそれか。色々とあってトラウマになっているのかもしれない、とラウはため息をつく。
「記憶を持った別人でもいいのであれば方法がある」
そして、仕方がないとばかりにカードを切る。
「本当ですか?」
だが、それに反応を返してきたのは目の前の男ではない。隠れてこちらの様子をうかがっていたレイだ。
「ギル!」
そのまま彼は視線を黙ってこちらを見つめている男へと向けた。
「だが、それは君ではない。そこにいるのが彼ではないようにね」
深いため息と共にデュランダルはそう言う。
「それでも、データーが多ければ俺と同じ気持ちを抱くはずです!」
彼を守りたいと言う、とレイは叫んだ。
「少なくとも、記憶はあります。それを話題にすれば、その時の感情を思い出すかもしれないじゃないですか」
何よりも、と彼は続ける。
「ギルを一人にしないですみます!」
この言葉に初めてあの男の表情が動く。
「……レイ……」
「俺はラウと違います! ラウは結局キラ・ヤマトしか見ていませんでした。でも、俺はちゃんとラウのことを見ています!」
確かに、自分はキラのことだけを見ていたのだろう。だからこそ、あの頃できなかった選択をしたのだ。
「そうだね。君はそう言う子だ」
小さなため息と共にデュランダルがそう言う。
「どのみち、現状から巻き返すのは不可能だしね。おとなしく引き下がるのがいいだろう」
さらに彼はそう続けた。
「と言うことで降伏をするよ。あぁ、外にいる者達にも武装解除を指示しないといけないね」
だから寛大な処置を頼もう。そう言う彼にキラが小さくうなずいて見せた。